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もしもヒトラーが現代に蘇ったら…? ドイツ発の超ブラックコメディ『帰ってきたヒトラー』

 

「いい人」と「魅力的な人」は必ずしもイコールじゃない・・・

大人なら誰もが知っている事実ですが、それを上下巻の長編でこれでもか!と表現した作品があります。

 

母国ドイツで社会現象を巻き起こし、日本でも異例のベストセラー(“海外文学は1万部を超えれば大ヒット”と言われるところを、文庫化3ヶ月でなんと24万部突破!)を記録した小説『帰ってきたヒトラー』です。

 

 

本作の主人公はみんなご存知のあの人、そう!アドルフ・ヒトラー

史実では1945年に死亡したヒトラーがおそらく死の直前の年齢で、2011年のドイツにタイムスリップしたところから物語は始まります。

 

突如時間がすっ飛んだことに戸惑うヒトラーですが、それも束の間。

自分の使命は現代ドイツを救うことと確信するや、再び政治家になるべく行動を起こします。

 

見た目はもちろん言動もヒトラーそのもの(本人だもん…)な彼に目をつけたテレビ関係者のオファーを受け、バラエティー番組にデビュー。

超ハイレベルな風刺芸人として一躍時の人に。

 

そうして得た知名度と人脈を武器とし、着実に政界へ近づいていくのでした。

 

 

ヒトラー”過ぎて逆にコンプラOK!?

ヒトラーと言えば、演説がめちゃくちゃうまくて、大衆の支持を獲得し、独裁者にまで上り詰めた人物。

確かに、もし現代に蘇ったら同じように人々の人気を集め、扇動していきそうです。

 

でも一方で、ヒトラーは人種差別や性差別やその他様々な危険思考を究極的に煮詰めた価値観の持ち主でもあります。

 

ヒトラーの歪んだ理想は完全に間違ったものだったと結論が出ている現代において、ヒトラーヒトラーとして振る舞ったら明らかにコンプライアンス違反でテレビからは締め出されるだろうし、ていうか即逮捕じゃない?

 

あ、もしかして支持を集めるために猫をかぶって「ナチスのやったことはひどいことだ!総統として謝罪したい!」とか、心にもないことを言ってたってこと?

 

あらすじだけ聞くと、そんな疑問も浮かびそう。

 

ところが、ヒトラーはあくまでヒトラーです。

 

例えば作中のこのシーン。

ある打ち上げパーティーヒトラーは話していた若い女性に、これまでどんなことを勉強してきたのか尋ねます。

女性が「中国文学と、演劇学と・・・」と話し出すと、ヒトラーはにこやかに「そんなものはやめてしまいたまえ」と諭すのです。

あなたのような美しい娘が、そんな頭でっかちな、わけのわからぬ学問に精を出す必要はない。そんなことより早く、若く勇ましい男を探して、ドイツ人の血をたやさぬようつとめるほうが賢明だと思うが?

 

うん、この手の「100%善意だしそもそも当たり前のことを言ってるだけだしむしろ相手を褒めてる、と本人は思っている」的な性差別発言って、日本では日常風景です。

 

が、ここはドイツ。

2014年の世界男女平等ランキングでは12位にランクインし、2005年からは女性が首相を務める国です。

男女平等や性差別に対する意識は日本よりずっと高いだろうし、それは物語の2011年時点でもそうでしょう。

www.co-media.jp

 

こんな発言は日本みたいにスルーされることはおろか「誤解を招く発言だったことはお詫びしたい」なんて釈明ではすまんだろう。次章は「法廷に来たヒトラー」かな・・・

 

ところが、ヒトラーにこう言われた女性は「おかしそうに笑って」こう答えるのでした。

それもやっぱり<メソッド演技>なんでしょう、ね?

 

メソッド演技———俳優や芸人が舞台の上だけでなく、日常的にその役やキャラとして振る舞うことで、リアリティある役作りを習得する演技法。

 

つまり彼女は、ヒトラーの言葉を「ヒトラーを演じているこの芸人個人の言葉」ではなく「彼が、ヒトラーならこう言いそうと考えた言葉」と認識しているんです。

 

なぜなら誰も、彼がヒトラー本人だなんて微塵も思っていないから。

そして誰もが、ヒトラーは絶対悪という共通認識を持っている“はず”という前提が社会にあるから。

 

そう、まさにこの「周囲が勝手に風刺ギャグと解釈してくれる現象」によって、ヒトラーコンプライアンス違反になることも、差別的な言動によって糾弾されることもなく、テレビで自由自在に発言することを許されてしまったのでした。

 

 

気づくと、ヒトラーの活躍を待ち望んでいる

この認識のズレが引き起こす人間喜劇こそ、本作のブラックコメディとしての見どころ。

 

差別的で偏見に満ちた思想を隠しもしないヒトラーの言動を、差別主義者だなんて死んでも思われたくないと望んでいるであろう知的な人々が支持し、応援し、活躍の場を与え、どんどん出世させて影響力を持たせてしまう・・・

 

この辺りの話運びは本当に巧みで、もう読んでてページを捲る手もニヤニヤ笑いも止まりません。

 

そしてふと気づくのです。

「あれ?私もヒトラーを応援してる」と。

 

作中の人々がヒトラーを勝手に好意的に解釈するのは、ある意味当然の反応です。

ヒトラーが蘇るなんてフィクションの外ではあり得ないことだし、絶対悪のヒトラーをここまで完コピしてるなら「今の感覚で見たらヒトラーってこんなにめちゃくちゃなヤツだったんですよ」と伝えるための風刺芸だと見なすのが常識的な判断だからです。

 

でも私は?

 

私はヒトラーが本人であることを知っているし、彼の言動が風刺でも反語法でもなくガチであることも知っていました。

 

にも関わらず、ページを捲るたび私はヒトラーに好感を抱き、彼のサクセスストーリーをわくわくしながら読み進めているのです。

なぜ?それはヒトラーが魅力的だからに他なりません。

 

ここでの「ヒトラー」はフィクション小説の登場人物であり、その魅力は書き手の演出力によるものもあるでしょう。

では、実在した「ヒトラー」はどうだったのか。

学生時代まじめに勉強しなかったツケで世界史に疎い私ですが、本作を映画化した監督のコメントにこんな一節があります。

ヒトラーを常にモンスターとして描くと、民衆が負うべき責任を軽んじることになる。
そもそもユダヤ人の迫害を可能にしたのはドイツ国民だ。
自ら進んでヒトラーに投票する民衆がいなければ、彼が政権を握ることはなかったはずだ。(デヴィッド・ヴェンド-映画公式サイトより)

 

魅力的な人が必ずしもいい人ではない。でも、魅力的な人は人を動かす。

ごくありきたりなこの事実の持つ恐怖が、本作のラスト2行を読んだ時、背筋を冷たく滑り落ちていきました。

 

✍️いつも真冬(@0111mafuyu

 

 

★映画もおもしろかった!

gaga.ne.jp

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大人の発達障害診断とグレーゾーンのリアル 漫画『なおりはしないが、ましになる』

 

発達障害の検査から症状に応じた治療、自分の特性との付き合い方。

 

実体験を元にした、大人になってからの発達障害の診察のリアルを、丁寧かつシュールな笑いとともに描き上げたエッセイ漫画『なおりはしないが、ましになる』をご紹介します!

 

 

著者は漫画家・エッセイストとして活躍するカレー沢薫さん。

 

私は特に、二次創作関連を中心としたお悩み相談のコラム『カレー沢薫の創作相談』(pixivision)と、

www.pixivision.net

 

現在コミックDAYSで連載中の『ひとりでしにたい』が好きで、連載を追っかけて読んでいます!

 

いくつも連載を持つ著者ですが、実は長年抱えている困り事がありました。

 

まず部屋の片付けが苦手なこと。

家事をしなければ…と思いながら、自宅内の仕事部屋は床が見えないほど物に覆われてしまっています。

 

次に協調性のある行動や他人とのコミュニケーションが苦手なこと。

専業作家になる前に勤めに出ていた頃は、周囲に馴染めないことが退職の原因になったこともあるそうです。

 

そうした悩みをなんとかするべく専門のクリニックで検査を受けたところ、結果は「不注意型ADHDASDの傾向あり」。軽度の発達障害であることが判明しました。

 

発達障害は生まれつきの脳の特性であるため、治したり変えることはできません。

しかし自分の特性を理解して工夫することで、生活の中で直面している問題を改善することはできるそう。

 

かくして、発達障害との付き合い方を模索する著者の冒険が幕を開けたのでした!

 

www.medcare-tora.com

 

発達障害をテーマに当事者である作家が実体験をもとに描いたエッセイって、書店でもよく見かけます。

『なおりは…』の帯にコメントを寄せている沖田×華さんの『毎日やらかしてます。』始め、私も何冊か読んだことがあります。

 

でも『なおりは…』は私がこれまでに読んだ発達障害エッセイの中で、特に印象的な一冊でした。

 

というのも、私は物心ついた頃から対人コミュニケーションが苦手。あまりにも長期間コミュニケーション問題に直面し続けているため、コミュ関連の悩み事は抱えているのが人生のデフォルトになってしまっています。

そのため発達障害」という存在を知った時から、もしかして…とずっと思っていました。

 

いえ、今も思い続けています。なぜならちゃんとした検査を受けたことがないからです。知ってからおそらく10年くらいは経っているのに。

 

なんで?というと、「集中力はないけど全く集中できないわけじゃない 」「片付けは苦手だがゴミ屋敷になるほどではない」「空気が読めない発言をする…そもそも全然発言しないのはそれに当てはまるのか?」など、

発達障害というか私の場合は性格の範囲内なんじゃね?と思う気持ちもあったからです。

 

そのため病院での検査に対しなんとなく(そこまでする必要ある?)と心のどこかで思っていて、「よし!やっぱりちゃんと検査を受けてはっきりさせよう」と思い立って病院を調べては検査費ウン万円とか見た瞬間にブラウザを閉じる、みたいなことを年に一回くらいやりながら、三十半ばのこの歳まで来てしまっていたのです。

 

だから著者の、発達障害が気にかかりながらも色々考えてしまって、病院や検査にまで至らないまま時間がたってしまった…という事情はとても共感できるものでした。

実は自分でも発達障害を疑ったことは何回もあった。
でもやっぱり著しく怠け者で自己中心的なだけな気がするんだ。

(だから周りから)「何か別のもののせいにしようとしている甘え」…って怒られる気がする。

万が一そうだったとしても、「だから何?」「だから許せと?」と怒られるだろうし。

 

でも、そもそもなぜ発達障害のエッセイを本書も含め何冊も手にとったのかと思うと、それはずっと気になっているからだし、でも気にしていても答えの出ることじゃないし、

検査を受けてそうじゃないならもう気にならなくなり、そうだとしたら自分の特性が医学的に正しく理解できる手助けになるかもしれないんだから、やっぱり一度検査を受けてみようかなと本書を読んで思いました。

 

 

また、仮に発達障害だったとしても、軽度〜グレーゾーンだろうなと思っていたことも「安くないお金かけて病院行くほどかな…」と思った理由の一つ。

だから作中で「グレーゾーンだからそうじゃない発達障害の人よりラクということではない」と紹介されているのを読んで考えるところがありました。

(グレーゾーンは)微妙な診断結果だからスッキリできないし、周りにも理解されづらい。
理解も支援も得られずに自分だけが違和感を抱えて、孤立してしまうんです。

発達障害は軽ければつらさも軽いというわけではなく、「つらさの種類が違うだけ」

 

ここまでに2000文字以上書いてきてまだ書きたいことがあるくらい、「うおぅわかる…」の連続だった本作。

大人になってからの発達障害診断や、グレーゾーンの発達障害についてよく知りたいという方は、ぜひ読んでみてください!

 

 

comics.shogakukan.co.jp

 

✍️いつも真冬(@0111mafuyu

「ロマンティークな屁」とは…元パンク少女の中年の危機 『花の命はノー・フューチャー』

 

「これがホントにあの教育に良さそうな本を書いた人のエッセイ!?」

 

著者のもっとも有名な作品を読んだことがある人なら思わずそう仰天しそうなエッセイ短編集が、『花の命はノー・フューチャー』です。

 

 

本書は2005年に世に送り出された同名エッセイ単行本を大幅に加筆修正し、2017年に刊行された一冊。

 

著者はイギリス在住数十年の日本人作家・ブレイディみかこさん。

“『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』を書いた人”と聞いたら「あー、あの本!」とピンとくる人も多いのではないでしょうか?

 

『ぼくは…』は、著者がイギリスの中学校へ通う息子さんの成長を通して、多様性のある社会とは?という問いについて考えていくエッセイ。

まさに学校が課題図書として生徒に薦めたくなるような(嫌味じゃないです!)深みのある内容が、適切な語り口で綴られた、とても良い本です。

 

 

ところが今回ご紹介したい『花の命は…』は、適切な語り口なんざ何のその。

セックス・ピストルズに心臓を奪われ渡英までした元パンク好き若者で、中年の入り口に立つ年齢になった著者が、もうとにかく世間に、社会構造に、そして金持ちに、グルルルルと唸りつつも諸行無常っぽくもなってまう、中年の危機型エッセイです。

 

 

例えば無料で医療が受けられる制度・NHSのエピソード。

毎月毎月保険料を少ない給与からさっぴかれている身としては、まあなんて人権意識の進んだ夢のような制度なの!と感嘆しそうになります…

が、この制度のおかげで病院は大渋滞しており、自分で通院できるレベルの病気の場合だと医者と会うのに数ヶ月かかるそう。

 

職場に保険がある人や全額自己負担できる人(つまりミドルクラス以上の人々)はプライベートクリニックを受診できます。

でもそうじゃない人々はもうコンサートチケットどりのように必死でアポどりせざるを得ず、「無料か全額かじゃなくて、日本みたいに一部負担の制度を作ってくれよ」と嘆く著者。

 

 

また、著者の夫のルーツであるアイルランドで、2004年から飲食店を含む公共の場での全面禁煙が定められたエピソード。

80年代には「死ぬまで飲む、吸う」と退廃的な、それゆえに色っぽい雰囲気を纏っていたアイルランド。しかし90年代から2000年代の10年で劇的に変貌し、裕福で清潔な都会に変わったと著者は語ります。

 

とはいえ80年代に荒んでいた人々はまだ生きているはずだし、彼らにとってパブで飲みながら吸えないというのは地獄のはず。

お役所の言いつけに大人しく従ってるんだろうか…と不思議に思いながらアイルランドを訪ねた著者は、驚くべき「禁煙法の抜け道」を目の当たりにします。

 

 

さらに、裕福なイギリス人の中高年の男性がタイなどアジア圏へ赴き、現地の若い女性を家政婦兼ワイフとして(彼女や彼女の家族に金を払って)連れて帰ってくる慣習が、イギリスでは双方にメリットのあるギブ・アンド・テイクの男女関係とみなされていることを紹介したエピソード。

 

やはり扱いやすいアジア人女性を求めてタイへ行き、物静かなタイプの若い女性を選んでイギリスへ連れ帰り結婚したイギリス人男性(著者の夫の知人)が、彼女と離婚したとの知らせが届きます。

 

理由は彼女の浮気。しかも若い愛人をたくさん作った上に、「やっぱり若い男がいいから別れて」と彼女の方から言ってきたそう。

 

そんな彼女を「素行不良」と呼び、言外に(あいつも運が悪かったな)と知人に同情をしてる様子な夫をよそに、著者はいいね!と大喜び。

そして「貧国の女と豊国の男がギヴ・アンド・テイクだなんてそんな鱗の生えたような構図が、もはや現実に機能しとるわきゃあないではないか」とせせら笑い、こう結論づけます。

 

そんなものは、自分は高い位置にいると勘違いしている部外者が勝手に想像してるだけの傲慢でロマンティークな屁だ。 

 

ひどいですね。ひどい語り口だ。とても子どもにはオススメできない。

あまりにひどく、控えめに言っても・・・最高だわ!

 

アメリカのSF小説紙の動物園』を読んで泣くほど感動しつつも、ある一点においては「でもここを美談にするのはやっぱりいや」と複雑な気持ちになった自分には、やっぱりもうとにかく痛快!でした。

 

mafuyu111.hatenadiary.jp

 

 

他にもいくつも英おもしろ・パンクおもしろエピソードや、ちょっといいお話とか、いろいろ収録されているのですが、本編とは別にちょいちょい挟まれる「未来のみかこさん」の一言も見どころです。

 

というのも、すでにご紹介した通りこちらの本は再編版のため、本編を書いた12年後の著者がエピソードに後日談や補足を書き足しているんです。

 

その中でも特に目を引かれるのは、子どもについての一言。

本編にはしばしば、著者が子ども嫌いであるお話が登場するのですが、この本を書いた数年後には息子さんを出産し、資格をとって保育士として働き始めています。

しかし本編を読む限り、「当時のみかこさん」は自分が将来親になったり子どもを預かる職業に就いたりする可能性を微塵も考えていません。

 

人によっては人生って時々、ごろっと思いがけない方向へ転がったりするんだなぁ…と意外の念に打たれつつ、昔の日記を読み返すのって気恥ずかしいものだよねとしみじみ共感してしまいました。

 

✍️いつも真冬(@0111mafuyu

 

五者五様なオトナの日常! アダルトギャグ漫画『来世ではちゃんとします』

 

アダルトギャグの4コマ漫画『来世ではちゃんとします』(著:いつまちゃん)。

 

都内のブラック制作会社を舞台に、タイプの異なる社員5人の日常を描いた人間コメディをご紹介します!

 

 

LINEマンガで見つけてハマり、現在ピッコマと2アプリ体制で日々モリモリ読んでいるこちらの作品。

なぜそんなにハマったのかというと、まぁそのぅ……だって他人の性生活(と書くと生々しい)って興味あるじゃないですか!!

 

そうこの漫画、日常コメディは日常コメディでも、描かれるのは(性の)日常。

小さな映像プロダクション・スタジオデルタに勤める、性格も恋愛観も様々なメインキャスト5人の五者五様な性生活が、のっぴきならないリアリティとテンポのいいギャグで描き出されています。

 

———メインキャスト———

アセクシャル(無性愛:他者に性的欲求を抱かない性的指向)で彼氏いない歴=年齢の、クールな27歳・高杉梅

喪女から大学デビューと失恋を経てヤリマンに進化し、現在5人のセフレ(途中6人に増加)を持つ27歳・大森桃江

ソープ嬢の女の子にガチ恋し「あくまでプロと客」の立場をわきまえた上で貢ぎまくる過労気味な29歳・檜山トヲル

失恋のトラウマから処女厨と化し、さらに面食いのため恋愛から縁遠くなってしまったセカンド童貞の26歳・林勝

自分からグイグイ口説くのに冷めやすいため親密になった女性をメンヘラにしてしまう魔性のたらしの26歳・松田健

—————————

 

若者の恋愛を描いた作品ってたくさんあるけど、本作において恋愛はソーサー程度の扱いで、カップに並々と注がれているのはエロであり、エロの背景にある心理描写

 

例えば桃江ちゃんのエピソードだと、桃江ちゃんの男の好みは「モテる人・モテてきた人」なんですが、セフレに一人だけ「学生時代はモテず、社会人になって成功しお金を得てからモテだしたんだろうな」と察せられる男がいます。

CAとかモデルとかと寝ては「あと女子アナでコンプリートだぜ!」とはしゃぐ、一体誰と何の勝負をしてるんだと問いたくなるようなその男を見て、中高時代は喪女でモテる男子を遠くから見ているしかなかった桃江ちゃんはまるで自分を見ているような気分になりながら、

どうして人生の途中で異性が出てきた人はタガが外れちゃうんだろう)とぼんやり思う……

 

モテない林くんとヤリチンの松田くんの会話では、「なんでお前みたいな冷たい男がモテるんだ!俺の方がずっと優しのにっ」と愚痴る林くんに

自信のなさから強く出れないのは優しさじゃなく弱さだと見抜かれるからじゃない?」と松田くんが的確すぎるツッコミを入れたり……

 

こんな具合に、うわぁリアルとうめきそうなエロ関連のエピソードが、女性誌の占いコーナーの隣に掲載できそうな可愛い系の絵柄の4コマという形式でえげつなく展開していきます。

 

回が進むにしたがって、5人以外の登場人物の心理描写も増えてゆき、読んでいて「誰でも必ず、キャラの誰かの独白に心底共感してしまいそう」と考えずにいられません。

(ちなみに私は「檜山から仕事能力とピュアさを奪って、林の独りよがりさを足した感じが自分だな…と考えて乾いた笑いがもれました…ハハ…(;▽;)

 

アダルトなテーマですが露骨な絵やガチで不幸になる人とかは出てこないので、エロ漫画が苦手な方もぜひちょっと覗いてみてください!

 

books.shueisha.co.jp

 

ドラマもおもしろかった!シーズン2楽しみです。

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✍️いつも真冬(@0111mafuyu

傷つけられた人が傷つける側へ リアルと幻想の交差『紙の動物園』

 

今日ご紹介したいのは、書店でジャケ買いしたSF短編集『紙の動物園』。

 

まだ半分くらいまでしか読んでいないのですが、完全に油断して読んでいた初っ端の短編に「グゥッ…」と泣かされてしまいました…!

 

紙の動物園 (ケン・リュウ短篇傑作集1)

紙の動物園 (ケン・リュウ短篇傑作集1)

 

↑見た人をレジまで誘導するシンプル可愛い表紙

 

最初の短編のタイトルは、本のタイトルにもなっている『紙の動物園』。

 

アメリカ人の父さんと中国人の母さんを持つ「ぼく」に、母さんはある日折り紙の動物を作ってくれます。

その動物たちは、母さんがふっと息を吹き込むと「ウォー」っと唸り声をあげ、生命を得て動き出すのでした。

 

「え?」ってなります。私はなりました。

というのも、この物語は「ぼく」が過去を一人称で語る形式。でもこれはSF短編集。

果たして、この折り紙が生命を得たというエピソードは作中で事実なのか、それとも子どもの空想なのか、はっきり示されないまま、ひどく幻想的な雰囲気をまとってお話が進んでいくからです。

 

しかもその進んだすぐ先に待っていた一文が「父さんはカタログで母さんを選んだ」。

 

ちょちょちょちょっと待ってくれ、ここまでわずか3ページだぞ!?

情報量が多すぎるぞ!?

 

整理すると、父さんはいわゆる「アジア人の妻を欲しがってるアメリカ人の男性」で、業者を通じて母さんを紹介してもらい、金を払って結婚してアメリカに移住させたという経緯でした。

それが1973年のことで、翌年「ぼく」が生まれたのです。

 

この「アジア人の…」のくだりで、やっぱりアジア人女性の一人としては、父さんに対して複雑で穏やかじゃない感情が湧いてきて。

ブレイディみかこさんの『花の命はノー・フーチャー』や『ワイルドサイドをほっつき歩け』でも、場所はイギリスだけどやっぱりこういう男性が登場して、しかもエッセイだからリアルで、その動機の身勝手さもなんか……

 

と、その辺りの気持ちについては今度ブレイディみかこさんの本を紹介する記事で書こうと思います。(★)

ので戻って、

 

アメリカ育ちの「ぼく」は小さい頃、父さんとは英語、母さんとは中国語で話をしていました。

しかし成長するにつれ、自分がいるコミュニティ内にあるアジア人への蔑視に直面するように。

また、父さんが母さんを「買った」事実も周囲は知っており、そのことでも奇異な目で見られていることに徐々に気づき始めます。

 

そして「ぼく」は、母さんを拒絶し始めます。

中華料理を拒否し、中国語での会話を拒否し、母さんにも英語を話すよう要求。母さんが作ってくれた折り紙の動物たちも、箱に閉じ込めてしまい込んでしまいます。

 

鏡を見ては「ぼくはどこも母さんに似てない」と自分に言い聞かせます。

 

その後「ぼく」は母さんに二度と歩み寄ることなく、アメリカ人として成長し、成人していきます。

やがては母が危篤と聞いても就活の心配の方が心を占めるほど、「ぼく」の中に母さんの存在はなくなっていくのでした。

 

このお話って何が悲しいかというと、「ぼく」が母さんが大好きな子どもだったことなんです。だって母さんは無条件に「ぼく」を愛して優しくしてくれる人だから。

なのに、母さんを否定して拒絶せざるを得なかった。社会の中の蔑視から自分の自尊心を守る方法は、彼にはそれしかなかったから。

 

お話の最後に「ぼく」は紙の動物たちと再会します。そしてある出来事があります。

完全にネタバレになるため伏せますが、私は最後の1ページでダーっと涙が出てしまいました。

 

100人が100人泣けるかと聞かれると、多分そんなことはなくて、特に「女性、それも未成年の女性の苦しい状況に、経済力を持つ男性が付け込むことをギブアンドテイクと見なしたり、美化している」と、むしろ不快に感じる人もいるかもとさえ思うのですが、

自分はこれはもうダメでした。胸が締め付けられて泣きました。

 

傷つけられた人が、その痛みゆえに自分も誰かを傷つける側に行ってしまった。

本当なら相手が個人にしろ社会にしろ、自分を不当に傷つけてくる張本人を拒絶するべきだったのに、そちらに迎合してしまった。

迎合して、そいつらと一緒になって、本当はそんな奴らよりよっぽど大事なはずの人を傷つけてしまった。

それらは本当に無意識に、そして自然に、他でもない自分が選択した行動だった。

 

このやるせない、でも強烈にリアルな悲劇が、なんかもうつらくて悲しくてダメでした。

 

『紙の動物園』も2話目の『月へ』もそうだったのですが、SFとしての幻想的な空気感はすごくあるのに、ストーリーはめちゃくちゃ地に足がついていて、それも人種問題とか難民問題とか、ファンタジーから最も遠いところにある生々しいリアルをでんと据えています。

 

これがなんというか、新しい時代のSFという感じを受けて、著者のケン・リュウさんのスタイルなのかなと思い、興味を持ちました。

 

他にも作品を出されているようなので、本書を読み終わったら他の本も読んでみたいです。

 

www.hayakawa-online.co.jp

『紙の動物園』著:ケン・リュウ
(訳:古沢嘉通

 

★書きました!

mafuyu111.hatenadiary.jp

 

✍️いつも真冬(@0111mafuyu

ブログ界のサザエさん! 漫画『まめきちまめこ ニートの日常』

 

「中毒性」という言葉は、シュールな作品やアクの強い作品に使われることが多いですが、あえて使いましょう。

 

めっちゃ中毒性のあるブログ漫画『まめきちまめこ ニートの日常』をご紹介します!

 

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ブログトップページ

 

著者は漫画家のまめきちまめこさん。

「え?ニートじゃなくて漫画家?」と思われるかもしれませんが、このブログを始めた当初は紛れもなく(?)ニートでした。

mamekichimameko.blog.jp

 

ところがこのブログがどんどん有名になっていき、今ではツイッターフォロワー32.9万人(見るたびに増えてる!)の人気漫画家に大出世したんです!

 

ジャンルは日常系で、3匹の猫と1匹の犬(ボス)と暮らすまめこさんを主人公に、

両親のマザ吉・ファザ吉さん、姉の姉吉さん、義理の兄のポニキさん、甥っ子の甥吉くんら家族、

それに親友あーちゃんや近所の方など、とにかくたくさんの人々が登場する、賑やかな毎日が綴られています。

mamekichimameko.blog.jp

 

こちらの作品は、基本ギャグ。

ほっこり・・・心温まる・・・ももちろんあるのですが、やっぱり一番の魅力は、日常のちょっとした出来事を爆笑コメディに仕上げてくれるところです。

mamekichimameko.blog.jp

mamekichimameko.blog.jp

mamekichimameko.blog.jp

 

中でも私が特に好きなのは、ペットのお話!

まめこさんが現在一緒に暮らしているのは、古参順に「こまち(ゴールデンレトリバー)」「タビ(猫、若い)」「シンバ(猫、おばあちゃん)」「メロ(猫、最年少)」。

どの子も個性があり、個性ゆえに起こる日常の悲喜劇がもうほんとにおもしろい!

 

誇り高きツンデレ美猫・タビとか・・・

mamekichimameko.blog.jp

まめきち家のNo1アイドルでありボスであるこまちとか・・・

mamekichimameko.blog.jp

食い意地は貼ってるけど心優しいメロとか・・・

mamekichimameko.blog.jp

 

中でも特に気になっているのが、ちょっとギャグの話からズレてしまうのですが、おばあちゃん猫・シンバ。

シンバはタビ、メロと同様にまめこさんが拾った野良ちゃんですが、拾った当初かなりひどい外傷を負っていました。

mamekichimameko.blog.jp

その後、獣医さんの話やシンバの行動から次のような仮説が立ったそうです。

真実が確かめられないので、すべて想像の話になります。
私たちはお医者さんたちの話やシンバの普段の行動から、シンバは多分どこかのブリーダーで繁殖猫として飼育されていたのだと考えています。
でも、そのブリーダーは多分きちんとした業者ではないと思っています。
もしきちんとしたブリーダーなら、雑に処理された背中の傷口はなかったはずだし、傷口まわりに毛玉がこびりついたままなはずないし、傷回りを毛繕いをしすぎて脱毛・皮膚病になることはなかっただろうし、外傷のせいで左目の視力を失うこともなかったはずですから。

(【お願い】数値規制についての意見メールを送って頂けませんか?【~7/9まで】)

確かめようのないこととはいえ、シンバの半生は過酷なものだったのか・・・と思うにつれ、漫画の中でシンバが登場し、温かい家庭で優しい飼い主と猫・犬たちと平和に暮らしているのを知るたびに、嬉しくて切ない気持ちになります。

mamekichimameko.blog.jp

↓特にこの話は読むたびガチで泣きそうになる…。

mamekichimameko.blog.jp

 

と、ちょっとしんみりした話になりましたが、基本的にハッピーコメディな漫画ブログで、ほぼ毎日夜9時すぎに更新されるため、「一日の最後になんかほっこりするもの読んで眠りたい・・・」というニーズにぴったりな作品。

 

そのおもしろさ・絵柄・内容性の抜群の安定感ゆえに、まるでサザエさんのように「その時間になったら見る」ことがいつの間にか習慣に組み込まれてしまうほどの中毒性を持っています。

(かくいう私も、もう3年以上更新を追いかけ続けており、これを読まないと一日が終わらない・・・と完全に中毒状態です)

 

まだ知らなかった・読んだことがなかった方は、ぜひ一度まめきちワールドを覗いてみて下さい!

 

mamekichimameko.blog.jp

 

✍️いつも真冬(@0111mafuyu

食と異文化のショートストーリー『旅行者の朝食』

 

誰にとっても関心ごとである「食べ物」をキーワードに、どこからでも読み始められる一話完結のショートストーリーを詰め込んだエッセイ集『旅行者の朝食』。

 

旅行者の朝食 (文春文庫)

旅行者の朝食 (文春文庫)

 

 

著者は80〜90年代にロシア語の同時通訳者として活躍した米原万里さん。2006年に亡くなられました。

通訳者としての経験や、在プラハソビエト学校で過ごした幼少期の体験を元に、文化や言語をテーマとした作品を数多く執筆しており、本書もその一冊。

ロシアを中心とした世界各国の食べ物カルチャーネタが満載で、イントレスティングの意味でもファニーの意味でもおもしろい本です!

 

中でも印象的だったエピソードの一つが「トルコ蜜飴の版図」。著者が子どもの頃に一度だけ口にした、信じられないほど美味しいお菓子・ハルヴァのお話です。

 

当時、トルコ蜜飴というお菓子が「めちゃくちゃウマイ」と子どもの間で人気だったのですが、それを食べたある少女が「これならハルヴァの方が100倍ウマイ」と言い出します。

そして入手が難しいお菓子でもあるハルヴァを一缶だけ手に入れ、著者含む子どもたちに一人一口ずつ食べさせてくれました。

 

それが、まあウマイ。まじでこんなん食ったことねえよというウマさ。たった一口だったのに、ハルヴァは著者の心に消えない衝撃を残したのです。

 

大人になった著者はなんとかハルヴァを手に入れようと奮闘しますが、いくら似ているお菓子を食べて回っても、レシピを元に作っても、かつて衝撃を受けた美味しさに出会うことはありませんでした。

もしや、子どもの頃の記憶だし、無意識のうちに盛ってるんだろうか。本当はこんなもんだったんじゃないのか……そんな思いが頭をよぎり始めたその時!というストーリー。

 

本書は食べ物エッセイ集ですが、当時の世界情勢とか民族など真面目系のお話も多く、食はもちろん異文化に関心のある方とっても楽しく読める一冊だと思います。

 

興味のある方はぜひ手にとって見てください!

 

books.bunshun.jp

 

ちなみに、登場した中でハルヴァと同じく気になった食べ物が「冷凍白身魚の鉋屑」。

マイナス54度の湖畔で釣った瞬間カチンコチンに凍りついた魚を、その場で削って食べるというもの。

間違いなく一生食べる機会のない料理……だからこそ気になるよう……!

 

✍️いつも真冬(@0111mafuyu